中学歴史「第一次世界大戦とその前後の世界情勢」

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第一次世界大戦は、三国協商(イギリス・フランス・ロシア)三国同盟(ドイツ、イタリア、オーストリア)の対立→バルカン半島でオーストリア皇太子暗殺 →開戦→戦車や毒ガスなどの新兵器、国民を巻き込む総力戦。

  • 新兵器の登場…戦車・飛行機・毒ガスなど。
  • 総力戦…国民と経済、科学技術や資源を総動員し。国力を使い果たす

第一次世界大戦(前)

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帝国主義

欧米列強による世界各地の植民地化。ロシアに対して共通の利害をもつ日本とイギリスは、1902年に日英同盟を結んでロシアの南下政策に対抗

欧米列強

欧米列強

第一次世界大戦前の日本の動向

1915年、中国に対し、二十一か条の要求。

<二十一か条の要求>

  • 中国政府は、山東省におけるドイツの権益を日本にゆずる。
  • 旅順や大連の租借期限、南満州鉄道の利権の期限を、さらに99か年ずつ延長する。
  • 南満州・東部内モンゴルでの鉱山採掘権を日本にあたえる。
  • 中国の中央政府に、政治・財政・軍事の顧問として有能な日本人を招くこと。

など

第一次世界大戦後の世界の動向

国際協調と民族自決の時代へ。

  • パリ講和会議…1919年ベルサイユ条約。アメリカのウィルソン大統領が良族自決の原則を提唱→国際連盟の発足。
  • ドイツ…1919年ワイマール憲法。
  • ロシア…1917年ロシア革命→1918年シベリア出兵→1922年ソビエト社会主義共和国連邦成立→「五か年計画」。

ベルサイユ条約

第一次世界大戦終戦に対して、1919年1月にパリで開かれたパリ講和会議ののちに結ばれたドイツとの講和条約。パリ講和会議が結ばれる。ドイツの植民地を失い、領土を縮小され、巨額の賠償金と軍縮縮小を課せられました。日本はドイツか持っていた中国の山東省の権益、植民地の委任統治権を得る。

➊戦勝国の利益が優先され、ドイツに巨額の賠償金や軍備縮小を押し付けた。
➋日本は中国山東省のドイツ権益を引き継いだ。中国は反発。(二十一か条の要求もその背景にはある。)五・四運動へ
➌日本は、太平洋地域のドイツの植民地の委任統治権を得た。

ロシア革命

日露戦争が、長期化すると、国民の間に、皇帝の専制政治に対する不満が高まり、反戦気分が高まります。レーニンが革命を指導、帝国主義を批判し、労働者と農民の独裁を唱えた。社会主義を唱える世界で最初の政府ができました。

➊1917年3月「パン・平和・自由」を求めて、労働省のストライキや兵士の反乱(三月革命)
➋労働者・兵士の代表会議(ソビエト)が各地にできた。
➌レーニンの指導のもと、世界で初めて社会主義の政府ができた。

<革命後>
共和党の独裁により、銀行、鉄道、工場などを国営化
ソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)が1922年12月に成立。

<日本の対応>
1918年に、アメリカ、イギリス、フランスとともにシベリア出兵することで、ロシア革命を干渉しようとした。

第一次世界大戦前後のアジア

日本に対して、1919年中国で五・四運動、朝鮮で三・一独立運動。イギリスにはインドでガンディーが非暴力・不服従運動。

  • 五・四運動…ドイツが持っていた権益を変換するように主張。パリ講和条約で無視され、中国国民の反日感情が高まる。そんな中、五・四運動は全国で反帝国主義の運動がおこる。
  • 三・一独立運動…1919年に起こった、日本から独立を求める運動。日本は武力による支配を弱める。

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