【中学歴史】大正時代の重要ポイント

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大正時代の流れ

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日清戦争(1894年)

  1. 甲午農民戦争をきっかけに起こった日本と清との戦争。
  2. 勝利のあと日本は、下関条約により、賠償金を手にし八幡製鉄所を建設。
  3. 日本の勝利を脅威に感じたロシア、ドイツ、フランスは三国干渉で、日本に遼東半島の清への返還を求める。
  4. 日本は返還に応じるが、ロシアへの敵対心を強くし、日露戦争へ。

詳細日清戦争の前後の流れ

日露戦争(1904年)

  1. 義和団事件後、ロシアが満州に留まり南下政策をとることをきっかけに日露戦争勃発
  2. ロシアのバルチック艦隊を全滅させたが、疲弊のあまり戦争続行が難しくなる
  3. アメリカの仲介により、1905年9月にポーツマス条約を結ぶ
  4. それを機に、南満州鉄道株式会社を設立し、日本軍(のちの関東軍)が満州に駐留
  5. 国内では、賠償金の得られないなどの不満から日比谷焼き打ち事件勃発

不平等条約の改正

1886年のノルマントン号事件をきっかけに、日米修好通商条約の不平等な内容改正し、欧米諸国と対等な地位を得ようとした。日本は、憲法の制定と条約改正により欧米諸国と対等の地位となり帝国主義へ傾いていきます。

➊欧化政策…井上馨が進める。鹿鳴館などで舞踏会を開く。
➋ノルマントン号事件→領事裁判権の撤廃を求める世論。
➌領事裁判権の撤廃…1894年、陸奥宗光が成功。
➍関税自主権の回復…1911年、小村寿太郎が成功。

辛亥革命

1911年におこった、孫文を中心とした、民族の独立と近代国家の建設をめざす運動を機に、武漢の軍隊の反乱。

➊三民主義…「民族、民権、民主」は革命の指導理論。
➋中華民国建国…1912年、清からの独立を宣言し、孫文を臨時大総統とする国。
➌袁世凱…孫文と手を結び、清の皇帝を退位させたのち、孫文から大総統の地位を譲りうける。首都を北京に移し、独裁的な政治を行う。

第一次世界大戦と世界の動向

  • (きっかけ)サラエボ事件…1914年に、オーストリアの皇太子の夫妻が、ボスニアの首都のサラエボを訪問していたときに、暗殺された事件。犯人はセルビア人の青年。
  • (大戦中)ロシア革命…1917年に、日露戦争敗戦後、さらに第一次世界大戦による物資の不足などで国民生活が苦しくなったことで革命が起きる。1922年にはソビエト社会主義共和国連邦が成立。→革命が広がることを恐れ、連合国(イギリス・フランス・アメリカ・日本)は、1918年にシベリア出兵へ。
  • (戦後)ベルサイユ条約…1919年に開かれパリ講和会議の中、ドイツとの間で戦後の処理のための条約として結ばれる。さらに、ここで、アメリカのウィルソン大統領は、民族自決の原則などの理想を示した。
  • (戦後)国際連盟設立…1920年に、アメリカ大統領ウィルソンの提案によって、平和を目的とした国際連盟の設立。国際連盟の本部はスイスのジュネーブ。

詳細第一次世界大戦とその前後の世界情勢

大正デモクラシー

政党による政治を主張する護憲運動がおこったり、民衆の意見を政治に反映すべきだという考えを唱えた吉野作造の民本主義など大正時代の民主的な風潮のことを大正デモクラシーという。

その後の、日本初の本格的政党内閣の原敬内閣、加藤高明内閣における普通選挙法の成立、女性解放運動を起こした平塚らいてうなどの大正時代の社会運動に結びついていった。

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