【中学歴史】安土桃山時代の重要ポイント

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安土桃山時代についてまとめています。戦国大名の登場により群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)の戦い続き、目まぐるしく状況は変わっていく中で、織田信長が登場します。その織田信長から豊臣秀吉までをまとめています。それでは、戦国・安土桃山時代です。

安土桃山時代

  • 織田信長…尾張(愛知県)の戦国大名。周辺の大名を破り、室町幕府をほろぼして全国統一を進めましたが、本能寺の変で家来の明智光秀(あけちみつひで)に攻められて、自害(じがい)します。自害とは、自ら命を断つことです。
  • 長篠の戦…鉄砲を有効に使った新しい戦法で、武田軍を破りました。
  • 安土城…全国統一の拠点として、琵琶湖のほとりにきずいた城。
  • 商工業の政策…城下で楽市・楽座(らくいちらくざ…だれでも自由に商売をしてよい)を展開。関所(せきしょ)を廃止。貿易や鉄砲生産の中心地である堺を支配しました。
  • キリスト教の保護…仏教勢力に対抗するため。南蛮貿易による利益のため。
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織田信長

はげしい戦国争乱のなかで、室町幕府の支配力はまったく失われ、戦国大名のなかには、京都にのぼって朝廷や幕府の権威をかりて全国に号令しようとするものが多くあらわれた。そのなかで、全国統一のさきがけとなったのは尾張の織田信長である。

豊臣秀吉

豊臣秀吉は、尾張の出身で、織田信長に仕えた武将。信長の死後、明智光秀を破り、大阪城を拠点として天下統一の事業を進めました。朝廷から関白に任命され、1590年に全国統一を果たしました。

<政策>

  • 太閤検地…全国の田畑の面積や収穫高などを調べ、それをもとに年貢を納めさせた政策。武士と農民の身分の差をはっきりさせる兵農分離へのつながっていきます。
  • 刀狩り…百姓(農民)や寺から武器を取り上げた政策。
  • 朝鮮侵略…中国(明)を従えようとして二度にわたり朝鮮に大軍を派遣。朝鮮の人々や中国軍のはげしい抵抗にあい、秀吉の死後、日本軍は引き上げます。

このころの織田信長と豊臣秀吉が天下統一を進めた時代を安土桃山時代といいます。

桃山文化

桃山文化は、全国統一が進んだ時代にさかえた、豪華で壮大な文化。大名や大聖人が中心です。

  • 建築と絵画…姫路城など、天守をもつ壮大な城がつくられます。城のふすまや屏風には、狩野永徳ら(かのうえいとく)がはなやかな障壁画(しょうへきが)をえがきました。障壁画は、ふすまや壁、屏風、障子にかかれた絵。
  • 茶道…堺の商人千利休が質素なわび茶の作法を大成。
  • 芸能…出雲の阿国がかぶき踊りを始めます。

南蛮貿易

平戸や長崎などで行われた。ポルトガルやスペインの船からは、おもに中国産の生糸や絹織物を輸入し、日本からは、おもに銀を輸出。

  • 南蛮人…16世紀の中ごろから九州の各地を訪れたポルトガル人やスペイン人のことです。
  • 南蛮文化…ヨーロッパの文化アにえいきょうを受けた文化。ヨーロッパの医学・天文学・印刷技術なども伝わりました。

鉄砲とキリスト教の伝来

  • 鉄砲…1543年、種子島に流れ着いたポルトガル人が伝えました。戦国大名を必要としたため、すぐに国内でもつくられるようになりました。その後、戦いも一対一の戦法から、鉄砲をつかった集団戦法に変わっていきました。また、城のつくりが熱い壁をめぐらせるつくりになりました。織田信長の鉄砲の使用で、勝敗が早く決まり、全国統一が進みました。
  • キリスト教…1549年に来日したイエズス会の宣教師であるフランシスコ・ザビエルが伝えます。戦国大名の中には、貿易の利益などが目的で、キリスト教の信者になる者もいました。

戦国・安土桃山時代の出来事

  • 1467年 応仁の乱がおこる
  • 1517年 宗教改革がはじまる
  • 1522年 マゼラン船隊が世界一周を達成。
  • 1543年 鉄砲が伝わる
  • 1549年 キリスト教が伝わる
  • 1573年 織田信長が室町幕府をほろぼす。
  • 1575年 長篠の戦いがおこる。
  • 1582年 本能寺の変がおこる。
  • 1582年 豊臣秀吉が検地をはじめる。
  • 1588年 豊臣秀吉が刀狩令を出す。
  • 1590年 豊臣秀吉が全国統一をする。
  • 1600年 関ヶ原の戦いがおこる。
  • 1603年 徳川家康が江戸幕府を開く。
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