【中学歴史】邪馬台国

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邪馬台国

邪馬台国は、3世紀ごろに政局をもっていたくにで、30ほどのくにを従えていました。

  • 卑弥呼…邪馬台国の女王。うらないをもとに、弟と政治を行い、中国(魏)に使いを送っていました。
  • 「魏志倭人伝}…中国の歴史書。邪馬台国のようすや卑弥呼について書かれています。この中には、人々の生活についても書かれていて、食事は、冬も夏も生野菜を手づかみで食べていたこと。服装に関しては、男たちは、頭に布を巻き、はばの広い布をまとっていて、女性たちは、広い布の真ん中に穴をあけて、そこに頭を通してきていたと書かれています。
  • 奴国…奴国の王が、57年に中国の漢(後漢)に使いを送り、「漢委(倭)奴国王」の金印を授かる。

米づくりが広がると、貧富の差がうまれ、むらどうしの争いがおこるようになりました。強いむらがまわりのむらを従えてくにをつくり、くにの指導者は、王とよばれるようになりました。

  • 吉野ヶ里遺跡…1~3世紀ごろの大規模な集落の遺跡。
  • 金印…中国(後漢)の歴史書に。1世紀中ごろ、倭の奴国の王が中国に使いを送り、金印を授けられたと書かれています。
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