【中学歴史】サンフランシスコ平和条約と安全保障条約

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【中学歴史】サンフランシスコ平和条約と安全保障条約についてまとめています。サンフランシスコ平和条約は、アメリカなど48か国と結びましたが、東側陣営不参加。当日、日米安保条約を結び、日米関係の強化しました。

サンフランシスコ平和条約

1951年9月、日本は、アメリカ・イギリスなど48か国と平和条約を結び、講和しました。

  • 全権の回復…日本は独立国としての主権を取りもどしました。
  • 植民地・領土…朝鮮の独立を承認し、台湾・千島・南樺太などを放棄しました。
  • 沖縄・小笠原…沖縄(琉球諸島)、 奄美諸島、小笠原諸島を分離し、引き続きアメリカが統治することに同意しました。
  • 中国…中華人民共和国も台湾(国民政府)も講和会議に招かれませんでした。
  • 調印…ソ連、ポーランド、チェコスロバキアは出席しましたが調印を拒否し、インド、ビルマ(現在のミャンマー)、ユーゴスラビアは出席を拒否しました。

日米安全保障条約

  • 基地の提供…アメリカ軍の駐留を認め、軍事施設や区域(軍事備品)を提供しました。
  • 西側の一員…独立を回復した日本が西側の一員となることが明確しなりました。
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安保条約改定

1960年1月、日本はアメリカと新しい安全保障条約を結びましたが、国内では大規模な反対運動が起きました。

  • 改定の内容…日本において, 日米いずれかが武力攻撃されたとき、在日アメリカ軍と自衛隊とが共同して行動することが決められました。
  • 反対運動のおこり…戦争に巻きこまれる危険が増大するとして反対運動が起きました。
  • 反対運動の激化…自民党が衆議院で条約承認の採決を強行したため、安保反対の運動は大規模な反政府運動に発展しました。

この頃の日本

自民党長期政権が続いていました

  • 55年体制…自由民主党(自民党)が、野党第一党の日本社会党(社会党)と対立しながら、政権をとり続ける体制が成立しました。
  • 自民党…1955年、保守勢力の自由党と日本民主党が合同し、自由民主党(自民党)が成立しました。
  • 社会党…1955年左派と右派に分裂していた日本社会党が統一しました。

動画学習1講座3分で学ぶ中学歴史

昭和時代の復習

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