【中学歴史】日本の降伏とポツダム宣言

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【中学歴史】日本の降伏とポツダム宣言についてです。広島・長崎への原子爆弾投下後、ソ連も参戦してきたことから、日本はポツダム宣言を受諾し、無条件降伏。

日本の降伏とポツダム宣言

  • カイロ宣言…1943年、アメリカ、中国、イギリスがカイロで会議。日本の無条件降伏を目指すことを確認。
  • ヤルタ会議…1945年2月、アメリカ、イギリス、ソ連がヤルタで会議。ドイツの降伏後のソ連参戦が決まる
  • ポツダム宣言…1945年7月、アメリカ、イギリス, ソ連は,ドイツ のポツダムで会談し、日本に無条件降伏を求めるポッダム宣言を発
    表しました。

日本政府は、当初、ポツダム宣言を受け入れるかどうかについて政府・軍部の意見がまとまらず、対応がおくれました。

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原子爆弾

1942年のミッドウェー海戦の大敗で、日本の戦局は不利に。B29爆撃機による東京への空襲でより形勢は不利に。とどめにとして、広島、長崎に原爆が落とされ、無差別に大量の殺戮をもたらされる。1945年8月6日に広島、9日に長崎に原子爆弾が投下されました。犠牲者数は、原爆投下から数年以内に、広島では20万人以上、長崎では14万人以上の人がなくなったと推定されています。

このころの国民生活

価格等統制令が施行されると共に、砂糖、マッチ、木炭などに切符制が導入される。物資が不足する中、日用品への統制も強まりました。それでも、配給だけでは不足するようになり、食料の闇取引もおこなれていました。

敗戦

  • ソ連の参戦…1945年8月8日、日ソ中立条約を破ってソ連が参戦し、満州・朝鮮などに侵攻しました。
  • 無条件降伏…8月14日、政府はポツダム宣言の受諾を決定し、翌日8月15日、昭和天皇がラジオで無条件降伏したことを国民に知らせました。
  • 日本からの解放…朝鮮、台湾などの植民地や占領されていた東南アジア諸国が日本から解放されました。
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