水利について宮崎安貞の『農業全書』に学ぶ

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田んぼや畑にとってなくてはならないもの。それは水です。どんなに素晴らしい土地でも、肥料が優れていても、農業の技術が卓越していても、農作物にとっての生命の源である「水」が無ければ作物は育ちません。今日は農業で必要な「水利」について学んできましょう。

宮崎安貞『農業全書』水利

宮崎安貞が書き上げた『農業全書』は、西日本の老農などから聞き出した農業の知識、自分が実践してきた農法などを事細かく記載しています。網羅性が強く大変優れた農業書となっています。

「水利」についてもしっかりと記述を残しています。その大切さは書くまでもないとも言っていますが、農業全書にまとめられている内容を見ていきましょう。

稲は太陰の精、水なくては半日の間にも痛む物なれば、旱魃のあらん事をつねにおもんぱかりて、霖雨の中も忘るべからず。

木綿、藍、其外菜の類にも、極熱の中は畦の溝に折々水をそゝぎ引きてうるほすべし。

稲は陽と陰で言う陰のスピリッツをもっています。水をあげないと、半日もすれば痛んでしまいます。日照りが続くかもしれないことをいつも心にとめて置き、しばらく長雨が続いても、常にそのことを忘れてはなりません。

木綿や藍、その他の野菜類も、日差しが強く乾燥しているときは、畦に時々水を注ぎ回して潤すように心がけましょう。

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水利に合った作物をつくること

また、宮崎安貞は、その土地の状況や水利に適した作物をつくることを問いています。

天水ばかりを守りて他の手立もならざる所には旱稲を作るべし。此のごときの地にしいて水稲を作る事は其苦勞空しくするのみならず、損亡する事しげきゆへ、 糞養の手入も漸々に疎かになる物なれば、肥田も後は瘠せてあれさすものなり。
損徳をよく了簡して旱稲其外畠物の類にて利分のまされる物を作るべし。
世上此あやまりを改め、かねて水がゝりのあしき田に年々妄りに水稲を作る人のために、此旨をのべて得失をさとすものなり。

雨水しか頼れるものがなくて、ほかに用水の方法がない場合は、陸稲を栽培すればよいのです。こんな農地に水稲を作るのは、無駄な労力ばかりを強いられ、農作物もやがて枯れてしまいます。肥料をやったりと農地の手入れもだんだんと疎かになってくると、肥えた土地も瘠せて荒れてしまいます。

これらの損得もしっかりと考慮し、水稲だけでなく陸稲や他の畠作物を作るようにしましょう。当たり前のことですが、世の中にはこのことに気づかない人が沢山います。早くこの間違いに気づき、水利の悪い田んぼに毎年水稲を作らねばならないと思っている人に、「結局は損しますよ」と説明するようにしています。

まさにその通りです。農業だけでなく仕事や人選にも言えることで、その土地や場所、社会的ポジション、会社の役割、部署など、その人の性格にあった仕事をするべきであると思います。

そうしないと、社会にとっても会社にとっても、そして何よりその人にとっても良くない状況が生まれます。「結局は損しますよ」と言ってあげたいですね。

土地も人体とおなじでバランスが重要

自然の理がわかれば、それは農業だけでなく、その人の人生のありとあらゆるところで役に立ちます。人の体のつくりも同じで、自然の理から多くのことを学び、健康にも気をつけたいですね。

高田に水をそゝぎ、水田に日を當つる事、是農事の肝要なり。喩へば人の氣血の如し。一方不足すればかならず病を生ず。土地も其如く、燥濕の程らひをはかるは天道也。陰陽の消長互に其根と成りてかたおちなき理りなれば、一偏にかたよりたるは天のこころにあらず。

高いところにある田には水を注ぎ、水が多い田んぼには日光を十分に当てること、これは農業の基本です。例えて言うならこれは人体の血液循環と同じなのです。片方が不足すれば、病気になります。土地も同じで、土地の乾湿の程度を程よくしているか、天道さまはご存知なのです。陰陽のそれぞれのバランスが全ての理となっており、このバランスが片方に傾けさせてしまうような状態は、決して天道さまの気持ちにそぐわないのです。

まとめ

やはり自然の理を十分に理解すること。これが大事ですね。そのためには自然を大切にし、先輩方からのアドバイスをしっかりと聞き入れることも重要です。

新しいことを始めると、自分が主役だと勘違いしてしまい、傲慢になってしまう人も多くいますが、お天道さまはしっかりとみているのですね。

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