【中学歴史】日本の高度経済成長

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【中学歴史】日本の高度経済成長についてまとめています。高度経済成長は、1955~1973年にかけて重化学工業を産業の主軸に経済の成長を果たしてきました。1950年代半ばまでに戦前の水準に復興しました。高度経済成長に国民の生活も変化し、家庭電化製品、新幹線、高速道路と建設が続きました。一方で、公害・過疎化・過密など社会問題が顕在しました。石油危機後、高度経済成長の終わります。

高度経済成長

1955年から1973年までの間、年平均10%程度の成長を続けました。また、池田勇人(1899~1965) 内閣が所得倍増をスローガンにかかげ、経済成長を推進しました。

  • 重化学工業中心…重化学工業が発展し、エネルギー源が石油に変わり、太平洋岸を中心にコンビナートや製鉄所が建設されました。
  • 国民総生産(GNP)…1968年に資本主義国の中で第2位となりました。
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国民生活の変化

高度経済成長で所得が増え、生活が変化しました。

  • 生活水準の向上…家庭電化製品や自動車が普及しました。
  • 交通網の発達…新幹線、高速道路、空港などが整備され、人やものがより速く移動できるようになりました。
  • 中流意識…国民の多くが、自らを中流と考えるようになりました。
  • メディアの発達…世界中の情報が伝えられるようになりました。

社会問題

高度経済成長は社会問題も生み出しました。

公害問題

公害問題

  • 過疎・過密…農村では過疎化が進んだ反面,、都市は過密となり、住宅不足、交通渋滞、ごみ処理などの問題が起きました。
  • 公害問題…経済が高度成長を続ける一方で環境への配慮はないがしろにされ、各地に公害問題が発生しました。
  • 四大公害裁判…新潟水俣病・四日市ぜんそく・イタイイタイ病・水俣病では、企業の責任を追及する裁判が起こされ、いずれも住民が勝訴しました。
  • 政府の対策…公害対策基本法を制定し(1967年)、環境問題対策を進めるために環境庁を設置しました(1971年)。

経済大国日本

  • 石油危機(オイル・ショック):1973年、第四次中東戦争をきっかけに石油価格が上昇しました。→不況→高度経済成長の終わり
  • 不況対策…経営の合理化、省エネルギー化を進めました。
  • 経済大国…日本製品の海外への輸出がのび、貿易黒字が増えました。その結果、経済大国としての役割を果たすことを求められる。
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