中学歴史「元禄文化と化政文化」江戸時代の文化重要ポイント

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中学歴史「元禄文化と化政文化」重要ポイントについてまとめています。

元禄文化(17世紀後半~)

17世紀末から18世紀はじめにかけて、京都や大阪の町人の社会から生まれた新しい庶民の上方文化

  • 浮世草子…井原西鶴は、町人の生活や欲望を描いた。
  • 人形浄瑠璃台本…近松門左衛門は、義理と人情の世界を主題とした脚本を描く。人形浄瑠璃は、現在では文楽とも呼ばれています。
  • 歌舞伎…上方に坂田藤十郎(1647~1709). 江戸に市川団十郎(1660~1704) が出て、歌舞伎を演劇として確立させました。
  • 俳句…松尾芭蕉「奥の細道」
  • 装飾画…俵屋宗達、尾形光琳
  • 浮世絵…菱川師宣「見返り美大図」
  • 国学…本居宣長「古事記伝」
  • 蘭学…杉田玄白ら「解体新書」
  • 測量術の発達…伊能忠敬
  • 庶民生活…衣服は木綿が広まり、行灯が普及しました。また、1日3食の習慣や年中行事が広まりました。
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朱子学

朱子学の一派である海南学派(南学)が土佐に起こった。その流れをくむ山崎闇斎門下の佐藤直方は、幕府の判断を支持し、元赤穂藩士の討ち入りを批判した。朱子学者の室鳩巣は、幕府に登用され八代将軍吉宗の信任を得た。朱子学が広く学ばれるようになった。

  • 朱子学…儒学の1つで、身分の上下を重視する考え方。五代将軍徳川綱吉が幕府の学問とした。下の秩序や礼節を重んじた朱子学は、林羅山によってひろめられた。

化政文化(19世紀初め~)

江戸で栄えた、町人文化。江戸が「将軍のおひざもと」とよばれ、政治や経済の中心地として発展すると、文化の中心地も江戸に移り、経済的な繁栄を背景にして、活力のある町人の活動に支えられて広まった。

  • 錦絵…東洲斎写楽の役者絵、喜多川歌麿の美人画、葛飾北斎「富嶽三十六景」、歌川 (安藤)広重の風景画
  • こっけい本…十返舎一九「東海道歴選挙」
  • 長編小説…滝沢馬琴「南総里見八犬伝」
  • 俳諧(俳句)…与謝蕪村、小林一茶
  • 教育の広がり…諸藩で武士たちの教育を行う藩校、庶民の教育機関として寺子屋。

国学

本居宣長は、長年にわたって『古事記』を研究した成果を『古事記伝』としてまとめた。仏教や儒教が伝来する以前の日本人本来の思想を研究する学問として、国学を大成した。国学者の平田篤胤は、賀茂真淵の説をうけて復古神道を唱えたが、この説は豪農層の間にも普及した。伊能忠敬は全国の沿岸の測量を行い、『大日本沿海輿地全図』の作成にあたった。

江戸時代後期の四国遍路は、信仰上の目的だけでなく、遊興をともなう旅の名目ともなっていた。江戸時代の中期以降、「ええじゃないか」を連呼して乱舞する民衆の運動が起こった。近世の夏の祭礼盂蘭盆では、鎮守の森などで盆踊りが催された。

江戸時代の復習

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