【中学歴史】アジア・アフリカ会議

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【中学歴史】アジア・アフリカ会議についてまとめています。アジア・アフリカ会議は、東西どちらの陣営にも属さず、平和共存をうったて、平和共存 緊張緩和の進展につながりました。この同時期には、ヨーロッパ共同体設立やベトナム戦争終結もありました。

アジア・アフリカ会議

アジア・アフリカ会議は、1955年、インドネシアのバンドンで開催。基本的人権や国連憲章の尊重、正義と国際義務の尊重などの平和10原則を採択。植民地独立付与宣言として、1960年(「アフリカの年」と呼ばれる)に国連総会で植民地主義の終結が宣言された。

  • アジア・アフリカ会議…1955年、29か国が参加し、バンドン(インドネシア)で開かれました。
  • 平和十原則…アジア・アフリカ会議で定められた平和共存のための原則で、国連憲章の尊重、内政不干渉、侵略行為や武力行使をしないことなどがうたわれています。
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米ソ関係とヨーロッパの動向

  • キューバ危機…1962年、ソ連がキューバで核ミサイル基地を建設していることが明らかとなり、米ソの対立が核戦争に発展する危機をむかえました。
  • 部分的核実験停止条約…1963年、アメリカ・ソ連・イギリスが参加して、地下を除く核実験の停止を定めました。
  • ヨーロッパ共同体(EC)…1967年に、フランス・イタリアなど6か国が参加して発足しました。関税や規制をなくして物や人が自由に動けるようになりました。

EC(ヨーロッパ共同体)は、成立後、1993年、マーストリヒト予約の発効により、EU に発展。本部はベルギーのブリュッセル。

ベトナム戦争

アメリカの軍事介入で、戦争は長期化しました。

  • フランスからの独立…1954年、独立戦争を戦ってきたベトナム民主共和国とフランスとの間で休戦協定が結ばれましたが、1955年にべトナム共和国(南ベトナム)が成立し、戦争となりました。
  • アメリカの軍事介入…南ベトナムを軍事的に支援したアメリカが、1960年代半ばから本格的な軍事的介入を始め、戦争は長期化しました。
  • 中ソの支援…中国とソ連は、北ベトナムと南ベトナム解放民族戦線を支援しました。
  • 終結…国内外の反戦運動と経済的負担のため、1973年にアメリカはベトナムから撤退しました。1975年、ベトナム戦争は終結し、1976年、南北が統一されてベトナム社会主義共和国が生まれました。
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